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東京高等裁判所 昭和60年(行コ)14号 判決 1985年12月17日

控訴人(原告) 宮城俊介

被控訴人(被告) 浜松税務署長

訴訟代理人 河村吉晃 星川照 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対して昭和五五年一月二五日付でした控訴人の昭和五二年分(以下「本件係争年」という。)所得税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(これら処分を以下「本件処分」という。)を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求める。

二  被控訴人

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  控訴人

1  控訴人は、昭和五三年三月一五日、本件係争年の所得税について、次表各該当欄記載のとおりの内容の確定申告をしたところ、被控訴人は、同表各該当欄記載のとおりの内容の更正処分及びこれに伴う一二八、六〇〇円の過少申告加算税賦課決定処分(すなわち本件処分)をした。

そこで、控訴人は、本件処分を不服として昭和五五年三月一〇日被控訴人に対して異議申立をしたが、同年六月一〇日これを棄却され、さらに同年七月八日国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、昭和五六年六月一日これを棄却された。

区分

総所得金額(円)

長期譲渡所得金額(円)

税額(円)

確定申告

△三五、一六三、五六四

二四、〇七〇、六〇三

△ 一〇五、七三八

更正

△三五、一六三、五六四

四八、四二三、九三七

二、四六一、八〇〇

2  被控訴人が本件処分の理由として主張するところは、別表一「被告主張額計算表」及び別表二「譲渡物件等明細表」記載のとおりであつて、被控訴人において控訴人の長期譲渡所得金額にかかる収入金額として第二物件の譲渡収入二、六〇〇万円を計上している点を除くその余の所得金額等及び税額等の計算関係については、控訴人もこれを争わない。

そして、右第二物件の譲渡に関する事実関係は、次のとおりである。

すなわち、控訴人は、昭和五二年一月一〇日、妻訴外宮城弘子(以下「訴外弘子」という。)、長女訴外宇田富江(以下「訴外富江」という。)及び二女訴外鈴木多江(以下「訴外多江」という。)との間において、<1> 控訴人は、訴外弘子に対して、第二物件4の土地の所有権持分二分の一を無償で譲渡し、訴外弘子は、控訴人が第三者に対して負担する債務のうち一、〇〇〇万円を控訴人に代わつて支払うものとする、<2> 控訴人は、訴外富江及び同多江に対して、第二物件5の土地の所有権持分各二分の一宛をそれぞれ無償で譲渡し、訴外富江及び同多江は、控訴人が第三者に対して負担する債務のうちそれぞれ八〇〇万円宛を控訴人に代わつて支払うものとするとの契約(以下「本件契約」という。)を締結し、控訴人は、本件契約に基づいて、同年四月七日訴外弘子のために第二物件4の土地について贈与を原因とする所有権持分の移転登記をし、同月八日訴外富江及び同多江のためにそれぞれ第二物件5の土地について贈与を原因とする所有権持分の移転登記をし、他方、控訴人が第三者に対して負担していた債務の弁済として、同年九月九日に訴外弘子は一、〇〇〇万円、訴外富江は八〇〇万円、訴外多江は二〇〇万円を控訴人の債権者に支払い、さらに、訴外多江は同月一二日に四〇〇万円、同月二四日に二〇〇万円を控訴人の債権者に支払つた。

そして、被控訴人は、訴外弘子ら三名が本件契約に基づき控訴人の債務を弁済したことにより債務を免れたことをもつて所得税法三三条一項所定の譲渡所得が発生したとして、控訴人に対して本件処分をしたものである。

3  しかしながら、所得税法三三条一項にいわゆる「資産の譲渡」とは有償譲渡を意味し、同項にいわゆる「所得」とは資産の譲渡と対価関係にあるものをいうのであるところ、本件契約は典型的な負担付贈与であつて、贈与契約の付款とされた受贈者の負担は贈与財産の対価たる性質をもつものではないから、本件契約によつて控訴人に譲渡所得の発生する余地はない。このことは、所得税法五九条及び六〇条の各規定に照らしても、明らかである。

また、「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日直資五六直審(資)一七)による評価額は、市場価額の二割前後に過ぎないのが通例であり、現に本件契約による訴外弘子ら三名の各負担額は、その後訴外弘子ら三名が昭和五二年八月二七日に受贈土地を訴外浜名湖競艇企業団に売却した価額二億一、五五一万七、三二二円の約一割二分に過ぎないのであつて、本件契約による訴外弘子ら三名の負担額と受贈土地の価額との間には等価性はない。

4  したがつて、本件契約によつて控訴人に譲渡所得が発生したとしてされた本件処分は違法であるから、控訴人は、本件処分の取消しを求める。

二  被控訴人

1  控訴人の1及び2の主張事実は認め、同3の主張中訴外弘子ら三名が昭和五二年八月二七日に受贈土地を訴外浜名湖競艇企業団に売り渡したことは認め、その余の事実を否認する。

訴外弘子ら三名が受贈土地を訴外浜名湖競艇企業団に売り渡した代金額は合計一億五、六七七万七、〇四四円である。

2  前掲「相続税財産評価に関する基本通達」によれば、本件契約当時における第二物件4の土地の所有権持分二分の一の価額は一、〇〇六万六、三三七円、第二物件5の土地の所有権持分二分の一の価額は八四〇万〇、一二五円であつて、訴外弘子ら三名が本件契約によつて控訴人に代わつてその債権者に支払うことを約した債務の額と見合うものである。したがつて、本件契約によつて控訴人において訴外弘子ら三名にそれぞれ前記土地の所有権持分を譲渡することを約し、訴外弘子ら三名においてはこれと等価性のある金銭を対価として控訴人の債権者に支払うことを約したものであり、控訴人はこれによつて訴外弘子ら三名に対して自己の債務を消滅させるべきことを請求する権利を取得するのであるから、本件契約は売買類似の諾成、双務の無名契約というべきであつて、それが債務の引受であれ履行の引受であれ、いずれにしてもそれによつて控訴人に譲渡所得が発生したことは明らかである。

また、仮に本件契約が負担付贈与であるとしても、負担付贈与も所得税法三三条一項にいわゆる「資産の譲渡」に当たるものというべきであつて、控訴人は本件契約により弘子ら三名に対して前記土地の所有権持分を譲渡するとともに、それとの関連において訴外弘子ら三名に対して合計二、六〇〇万円の自己の債務を消滅させるべきことを請求する権利を取得し、資産の譲渡と因果関係のある経済的利益を得たのであるから、それが同条同項所定の譲渡所得に当たることは明らかである。

したがつて、本件処分には、なんらの違法もない。

第三証拠関係<省略>

理由

一  控訴人の1及び2の主張事実並びに同3の主張中訴外弘子ら三名が昭和五二年八月二七日に受贈土地第二物件を訴外浜名湖競艇企業団に売り渡したことの事実は、当事者間に争いがない。

したがつて、本件処分の適否は、結局、訴外弘子ら三名が本件契約によつて控訴人の第三者に対する債務合計二、六〇〇万円を控訴人に代わつて支払うことを控訴人との間において約しこれを履行したことによつて、控訴人に長期譲渡所得にかかる二、六〇〇万円の収入が生じたものということができるかどうかにかかることが明らかである。

二  そこで、検討するに、所得税法三三条の定める譲渡所得課税の性質は、保有資産の値上がりによつてその所有者に帰属した増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に譲渡されたのを機に、これを清算して課税するものであつて、通常の場合には右増加益は資産の対価として具体化することになるので、右対価額をもつて譲渡所得の金額の計算上収入金額とすべき金額とすることになる(同法三六条一項参照)が、譲渡所得課税の性質が右のとおりのものである以上、同法三三条一項にいわゆる「資産の譲渡」は必ずしも右のように収入すべき金銭その他の経済的利益の対価としての受け入れを伴う有償譲渡に限られるものではなく、資産の贈与その他の無償譲渡を含むものと解するのが相当である。そして、このことは、昭和四八年法律第八号による改正前の所得税法五九条一項及び六〇条二項の規定が譲渡所得の金額の計算上収入金額とすべき金額及び控除すべき取得費について特例を定め、居住者が個人に対すると法人に対するとを問わず資産の贈与又は政令で定める著しく低い価額による譲渡(以下「低額譲渡」という。)をした場合においては、譲渡人はその時に時価によつて資産を譲渡したものとみなして譲渡所得課税をすることとし、他方、このようにして資産の譲渡を受けた譲受人が当該資産を他に譲渡した場合においては、譲受人は右贈与又は低額譲渡の時にその時価によつて当該資産を取得したものとみなして譲渡所得課税をするものとしていた(いわゆる「みなし譲渡課税」)ことに照らしても、明らかなところである。

ところで、昭和四八年法律第八号は右みなし譲渡課税の制度を改め、法人に対する贈与及び低額譲渡等についてはみなし譲渡の制度を存置した(所得税法五九条一項、六〇条二項)ものの、個人に対する贈与及び低額譲渡のうち当該対価の額が譲渡所得の計算上控除すべき取得費及び譲渡費用の額の合計額に満たないものについては、みなし譲渡課税の制度を廃止して、その譲渡人については譲渡損がなかつたものとみなす一方、その譲受人については、その者が当該資産を移転したときの譲渡所得の計算上、その者が引き続きこれを所有していたものとみなして、譲渡人が取得した時にその取得価額で取得したものとし、いわゆる取得価額の引き継ぎによる課税の繰り延べを行うこととした(同法五九条二項、六〇条一項)ところである。そして、居住者が個人に資産を低額譲渡した場合において、当該対価の額が譲渡所得の計算上控除すべき取得費及び譲渡費用の額の合計額を超えるときは、その差額は、資産の譲渡によつて譲渡人に生じた所得として譲渡所得課税の対象となることはいうまでもない。そして、同法五九条二項にいう「対価」とは、必ずしも私法上の有償契約におけるような資産の譲渡と対価関係に立つ給付に限られるものではなく、当該資産の譲渡に起因しそれと因果関係のある給付であれば足りるものと解するのが相当であつて、売買における代金、交換において相手方に移転すべき財産権などの私法上の有償契約における反対給付のほか、無償契約に属する負担付贈与における負担についても、それが経済的な利益に当たるものである限りは(同法三六条一項)、右にいう対価に当たるものというべきである(したがつて、受贈者が経済的利益を給付することを付款とする負担付贈与は、同法五九条一項一号及び六〇条一項一号にいわゆる贈与には含まれないものと解すべきである。)。蓋し、同法三三条一項にいわゆる「資産の譲渡」が有償譲渡に限られず無償譲渡をも含むものであることは先に説示したとおりであり、また、有償契約における対価たる給付といい、無償契約における付款による給付といつても、その区別はあくまで当事者の意思に依拠する相対的なものに過ぎず、経済的実質に即応することが要請される租税法の解釈においてそれがそのまま妥当するものとは限らないのであつて、資産の贈与契約において経済的利益を給付することが付款とされた場合であつても、その給付が保有資産の値上がりによる増加益の具体化したものであることに変わりはない以上、これを同法五九条二項にいう「対価」から除外すべき理由はないからである。

三  これを本件についてみるに、本件契約は、控訴人においてはその所有する土地を妻及び子である訴外弘子ら三名にそれぞれ無償で譲渡し、訴外弘子ら三名においては控訴人が第三者に対して負担する債務のうち合計二、六〇〇万円をそれぞれ控訴人に代わつて支払うというものであつて、控訴人は、訴外弘子ら三名に対して所有権移転登記を了してその履行を終え、他方、訴外弘子ら三名は、右土地を訴外浜名湖競艇企業団に売り渡し、約旨どおり控訴人が第三者に対して負担する債務のうち合計二、六〇〇万円を控訴人に代わつて債権者に支払つたというのであり、成立に争いがない乙第一号証の二ないし四によれば、右土地の訴外浜名湖競艇企業団への売買代金額は合計一億五、六七七万七、〇四四円であつたことを認めることができるのであつて、これらの事実によれぱ、控訴人及び訴外弘子ら三名は、控訴人が右土地を訴外弘子ら三名に譲渡する対価として訴外弘子ら三名が控訴人の債務を控訴人に代わつて支払うという意思で本件契約を締結したものではないことが明らかである一方、訴外弘子ら三名は控訴人から譲り受けた右土地を売却してその代金をもつて控訴人の債務を弁済することを予定して本件契約を締結したものであることを推認することができ、したがつて、本件契約は、売買又はそれに類似した有償契約ではないとともに、なんら相互に関連のない二つの給付を相互に行うことを単一の契約において約したというに過ぎないものでもなく、訴外弘子ら三名が控訴人の債務を控訴人に代わつて支払うことを付款とする右土地の負担付贈与契約であると解するのが相当である。また、控訴人は、本件契約によつて訴外弘子ら三名に対し控訴人の第三者に対する債務のうち二、六〇〇万円を控訴人に代わつて弁済するよう請求する権利を取得するのであるから、その性質が債務の引受であれ履行の引受であれ、これによつて控訴人が所得税法三六条一項及び二項にいう経済的な利益をもつて収入することになることは明らかであり、右経済的な利益の額は、右債務の額と同額の二、六〇〇万円というべきである。

そして、以上によれば、本件契約による訴外弘子ら三名への右土地の譲渡は、同法五九条一項二号、所得税法施行令一六九条の定める「資産の譲渡の時における価額の二分の一に満たない額」によるいわゆる低額譲渡に当たる(なお、右「資産の譲渡の時における価額」は、前掲「相続税財産評価に関する基本通達」に準拠して評価した額によるべきではなく、実際の取引価額によるべきであり、本件においては、訴外浜名湖競艇企業団への売買代金額一億五、六七七万七、〇四四円をもつて右価額とすべきである。)ことが明らかである。また、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認める乙第六号証及び弁論の全趣旨によれば、贈与にかかる右土地は、控訴人の父が昭和二七年一二月三一日以前に取得したものを控訴人が昭和四〇年三月三一日相続によつて取得したものであることが認められ、したがつて、所得税法六〇条一項及び昭和五四年法律第一五号による改正前の租税特別措置法三一条の三第一項の規定の適用により、右土地の取得費は一三〇万円となり、譲渡費用が二五九万二六七三円(ただし、第一物件及び第二物件を併せた譲渡費用である。)であることは当事者間に争いがないところであるから、控訴人が本件契約によつて収入すべき経済的な利益の額(二、六〇〇万円)が右土地の譲渡にかかる譲渡所得の計算上控除すべき取得費及び譲渡費用の合計額に満たない場合ではないことが明らかである。

そうすると、本件契約による訴外弘子ら三名への右土地の譲渡は、同法六〇条一項の定める場合には該当せず、訴外弘子ら三名にいわゆる取得価額の引き継ぎによる譲渡所得課税の繰り延べが認められるべき余地はないのであるから、控訴人が収入すべき経済的な利益の額二、六〇〇万円と右土地の取得費及び譲渡費用との差額が右土地の譲渡による所得として譲渡所得課税の対象となることは当然のことといわなければならない。

したがつて、結局、本件契約によつて控訴人に長期譲渡所得にかかる二、六〇〇万円の収入が生じたものとして被控訴人がした本件処分にはなんらの違法もなく、その取消しを求める控訴人の本訴請求は失当というべきである。

四  よつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担については行政事件訴訟法七条並びに民事訴訟法九五条及び八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山俊彦 越山安久 村上敬一)

別表一 被告主張額計算表

番号

区分

被告主張額(円)

摘要

1

総所得金額

△三一、五九八、〇六六

(一)+(二)+(三)+(四)

(一) 事業所得金額

△三二、三八五、九八六

(二) 配当所得金額

三一、九二〇

(三) 給与所得金額

七五六、〇〇〇

(四) 譲渡所得金額

2

長期譲渡所得金額

四四、八五八、四三九

(四)-(五)

(一) 総収入金額

一五五、六三三、六九二

(1)+(2)

(1) 第一物件の譲渡収入

一二九、六三三、六九二

(2) 第二物件の譲渡収入

二六、〇〇〇、〇〇〇

(二) 取得費

七、七八一、六八四

(三) 譲渡に要した費用

二、五九二、六七三

(四) 事業用資産の買換の

特例適用による長期譲渡

所得金額

四八、四二三、九三七

(買換取得資産の価額

一〇三、七五一、三四〇円)

(五) 総合課税の譲渡損失

△三、五六五、四九八

3

所得控除額

三八四、〇五〇

社会保険料控除額九四、〇五〇円+基礎控除額二九〇、〇〇〇円

4

課税長期譲渡所得金額

一二、八七六、〇〇〇

2―1―3(千円未満の端数切捨て(通一一八<1>))

5

申告納税額

二、四六一、八〇〇

(一)-(二)(百円未満の端数切捨て(通一一九<1>))

(一) 算出税額

二、五七五、二〇〇

4×20%

(二) 税額控除

一一三、三三三

(1)+(2)+(3)

(1) 配当控除

一、五九六

(2) 特別減税額

六、〇〇〇

(3) 源泉徴収税額

一〇五、七三八

6

過少申告加算税

一二八、六〇〇

(譲渡資産の収入金額(A))

(買換資産の取得価額(B))

(譲渡資産の取得費)

(譲渡経費)

155,633,692円

103,751,340円

(7,781,684円

2,592,673円)

155,633,692円(A)-103,751,340円(B)

×

――――――――――――――――――――――――

155,633,692円(A)

別表二 譲渡物件等明細表<省略>

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